商品詳細
- 製品番号:ISBN978-4-89297-138-9
- 内容量:146頁
- サイズ:その他(A5変形判)
- 発売日:2009年08月10日
- 版 数:初版
¥1,430 (税込)
「いろは」から「ん」まで48文字を頭に書き起こす珠玉のエッセイ。縦横にくりだす」明晰でかつたおやかな文章が心地よい。
目次
い いのちのいの字
ろ 蝋涙
は 廃墟の鳩
に 人間を一人
ほ 本屋の客
へ 偏頭痛
と とって置きの一品
ち 塵芥と言うけれど
り リルケのバラ
ぬ ぬばたまの
る るりもはりも
を 遠近
わ 吾亦紅
か かたいと
よ 世渡る風
た たとう紙
れ 冷凍コロコロ
そ 素心蝋梅
つ 月天心
ね ねぶか屋の赤菜
な なけなしの命
ら 楽天的に生きる
む 紫重ね色
う 有為の奥山
ゐ 井戸の中
の 野佛
お 落葉の下
く 苦しい時の
や 優しい闇の中で
ま マンガの効用
け 景気をよそに
ふ 二人でお茶を
こ こぞの雪
え 会者定離
て 手仕事
あ 暁の雲の中で
さ 塞翁が馬
き 器用貧乏
ゆ ゆかりの味散歩
め 面目
み 未必の故意
し 蜃気楼
ゑ 会に逢はぬ花
ひ ひとり舞台
も もてなしは
せ 青春回帰
す 末摘花
ん 「ん」は阿吽
いのちのいの字
いちばん何が大切かと言うと、それは生命に決まっている。人のいのち、動植物の生命、天然自然のありのままの命。森羅万象という言葉があるが、宇宙の不可思議が化学の発達と共にいろいろ解明されて来て、長い時間の中をどう変化して来たかが、知識として入り込んで来ても、たった一つ、確かなのは今現在、自分が人間としてこの世に存在し、周囲の愛すべきさまざまな対象があるという事実である。
戦時中のことだが、こんな歌があった。
いろはのいの字はいのちのいの字
誰も忘れぬこの文字よ
一番勇まし功を胸に
いの字で行こうよ
今日も明日も
私は昭和十一年生まれだが、私以上の年齢の人ならご記憶の人もあろう。小学校の教室で戦気高揚の歌として習った。二番、三番は忘れたが、この歌詞だけはよく覚えている。
「いろは随想」を書いてみないかとの話が出た時、一番先に頭をかすめたのはこの歌だった。改めて歌ってみると「いの字でいこうよ、今日も 明日も」というのはなかなか良い文句だと思う。
いの一番、石の上にも三年、医者の不養生、急がばまわれ、犬も歩けば棒に当たる、一寸先は闇等と、かるたの文句や諺は昔から人が生きていく行く上でのてっとり早い知恵であった。最近は犬棒かるたも、お正月の子供の遊びからは姿を消してしまい、テレビゲームなどが流行している。
成長して人間がひしめきあう社会の中で、人と人のつきあい方を知らないで孤独をかこつ子供が増えているのは、こうした幼時から自然に身に付く処世術を育くむ土壌が失われて来たからかも知れない。
結構な年齢の人でも、自分の命は大切だが、他人の命はどうでもいいと言い切る人もいる。そういう人はむろん、他人の心や事物にも同じ姿勢であるのが普通である。
犯罪というほどのことにはならなくても、知らない間に他人を傷つけていることはたくさんある。いのちを大切に思い、今人間として生きて在ることの素晴らしさを考える時、併せて心の有り様にも思い及びたい。
心の豊かさを保つための周りを整えたい。私の家には二匹猫がいるが、猫にも心があり、人と思いが通いあっている。そんな自分以外の生とも、いつも心の通いあうようなコミュニケーションを持ちたい。
仕事もそんな英知の中でしたい。来世何に生まれるか知らないが、とにかく今は人間。人間に与えられた考える能力をふるにしぼって、次に来る愛すべきものたちにつたえたい。そんなものが書けたらと思いつつ「い」の字を考えている。
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